マルチチャネル音場再現システムにおける
環境変化に適応的な逆フィルタのオンライン緩和手法

後田 成文 (0151016)


近年,オーディオ技術の発達によりホームシアターシステムが安価に構築できるようになってきている.これにより,一般家庭において映画館のような臨場感を楽しむことが容易にできるようになった.しかしながら,このシステムは「それらしさ」に基づく音の臨場感再生を行っているだけであり,壁による反射等の残響を考慮していない.従って,映画の製作者の意図する音場を再現する保証はされていない. これに対し,複数のラウドスピーカで構成された音場再現システムを用いることにより所望の音場を忠実に再現する音場再現技術がある.このようなマルチチャネル音場再現を実現するためには,室内伝達特性の影響を除去する逆フィルタの設計が必要不可欠である.一般に逆フィルタの設計には,あらかじめ計測された室内伝達関数のインパルス応答を用いる.しかしながら,実環境において室内伝達特性は温度変動等により容易に変動するため,逆フィルタのフィルタ係数が固定されている音場再現システムでは室内伝達特性の変動に応じて再現音が劣化する.この問題に対する従来法としては,打ち切り特異値分解に基づいて逆フィルタを逐次的に緩和する手法(adaptive TSVD)が提案されている.この手法は原信号中の楽音等が含まれる時間区間では適応することが困難であった.本論文では,このadaptive TSVDを再現信号を常時観測するオンライン型アルゴリズムに拡張することを考える.そのために,監視用制御点において得られた観測信号を原信号を用いて正規化し,その信号を用いて適応的に逆フィルタを緩和する手法を考案した.実環境データを用いたシミュレーションの結果,提案法は環境変化に対して緩和処理を常時実行可能であることが分かった.また,実環境の音場再現において主観評価実験を行った結果,定位感を殆んど損なうことなく音質を向上できることが分かった.