日本では,世界主要国の中でも高齢者人口の割合が28.1%と最も高く,過去最高を記録している.高齢者数は未だ年々増加しており,急激な高齢化が進んでいる.それに伴い,要介護認定者数が640万人以上となるなど,介護施設を利用する人も年々増加しており,介護サービスの需要が高まっている.一方,介護施設の人手不足によって介護職員の業務負担も増加している.そのため,介護サービスの質の低下が大きな問題となっている.
介護施設の最も重要な業務の一つに,介護記録作成業務がある.介護施設では,トイレでは排便について,浴室では入浴の様子についてといったように,介護場所に応じた詳細な介護記録をとる必要がある.しかし,介護職員は一人で複数の入居者を同時に介護しなければならず,この業務の負担は職員にとって非常に大きい.そのため,介護対象者に付き添いながらでも,短時間で簡単に介護記録を取得可能なシステムの実現が求められている.
このような背景のもと,介護施設での介護記録作成業務の負担を軽減することを目的とするシステムを実現するため,現在の介護記録の作成方法やどのようなシステムにすべきかについて実際の介護施設でヒアリングを行った.その結果,介護場所と介護内容に強い相関があることに注目し,システムが「介護対象者」および「介護場所」を瞬時に把握することで介護職員が容易に記録を作成できると考え,介護場所(エリア)に応じたビューの切り替え,介護対象となる入居者の特定と画面への表示,容易な操作性の3つをシステムの要件として洗い出した.
本論文では,介護場所に応じて情報入力画面やその項目が自動的に切り替わり,かつ,介護対象者を即座に特定し,入力に必要な情報を自動的に補完できる新たなモバイルメモシステムを提案する.提案システムは,介護対象者の持つBLEビーコンと各介護場所に設置されたBLEビーコンから発せられる電波を介護職員の持つ小型端末によって受信することで,「介護場所」及び「介護対象者」を自動的に特定し,場所に応じた介護内容の選択画面へと切り替わることで,非常に少ない手間で介護記録を作成できる.
提案システムの有効性を評価するため,奈良県生駒市にある実際の介護施設において実証実験を行った.介護施設内の各介護場所にBLEビーコンを設置し,入居者にはBLEビーコンを,職員には提案システムを搭載した端末を所持してもらい記録してもらった.実験は5日間行い,1人の介護職員にシステムを使用してもらった.その結果,提案システムは,1)介護場所や介護対象者を正確に特定でき,2)非常に正確な情報入力が可能であり,3)短時間で容易に記録できることがわかった. 今後の課題として,提案システムに通知機能を付与することで記録漏れを減らしたり,入居者の行動データと組み合わせることで,より詳細な介護記録を自動で作成できるようにすることなどが考えられる.