ピア間の近傍性を考慮したTit-for-Tat型P2Pファイル配信の最適性分析

西 洋平


ソフトウェアのセキュリティ対策の一つとして,定期的な更新ファイルの配信が挙げられる. しかし,OSをはじめとする利用者の多いソフトウェアに関しては更新時の配信サーバへの負荷増大が課題となっている. このような問題の解決策として,Windows Updateなど一部システムにおいては,利用者の端末(ピア)が配信ファイルの断片(ピース)をやり取りすることで,配信の補助を可能とするPeer-to-Peer~(P2P)型ファイル配信が利用されている. 一方で,P2P配信では,他のピアへのピース提供には自身の通信帯域の利用を伴うことから,自身が利用中の他のネットワークサービスの品質低下を避けるため,ピースのダウンロードに徹するフリーライダーと呼ばれるピアが発生する傾向がある.

この問題の対抗策として,ゲーム理論におけるTit-for-Tat(TFT)戦略がBitTorrentをはじめとする一部実システムでは導入されている. P2Pファイル配信におけるTFT戦略は個々のピア間で同量のピース交換を促進するものであり,先行研究では整数線形計画法(Integer Linear Programming: ILP)を用いたモデルによって,TFT戦略を導入したTFT型P2Pファイル配信の最適性が研究されている. しかし,先行研究においては,同一LANのようなピア間のIPネットワーク上での近傍性(以下グループと総称)に関しては考慮されていない. 同一グループ内の通信では潤沢な通信帯域幅により,ピースのアップロードによるネットワーク品質への影響が限定的となる. 一方,グループ間の通信では限られたアップロード容量が原因となり,ピアはピースのアップロードを控える傾向にある.

本研究では,同一LANのようなIPネットワーク上で近傍のピア群からなるグループ内の通信はグループ間の通信に比べてコストが限定的である点に着目し,ピア間の近傍性に応じてTFT戦略を緩和した場合のTFT型P2Pファイル配信をILPとしてモデル化し,配信性能への影響を分析する. 数値評価を通して,ピア間の近傍性を考慮したTFT型P2Pファイル配信は,ピア数に対してグループ数がそれほど多くない状況では,サーバのアップロード容量がボトルネックとなる状況においても,準最適な平均ファイルダウンロード時間を実現できることを示す.