行動と環境センシングに基づくオフィスワーカーの心理状態推定

谷 優里


キーワード:モバイルセンシング,ワークエンゲージメント,ウェアラブルデバイス

人間の心理・生理状態や環境状態は心身に様々な影響を与えるため,それらのデータを利用して人間のパフォーマンスや快適性向上に役立てる取り組みが広がっている.中でも,働き方改革によりオフィスワーカーの心身状態を把握しサポートすることにより,いきいきと働ける職場を作るということは世界中の企業において喫緊の課題となっている.職場などの労働環境における心理状態の把握には,質問票を用いたアンケートが一般的に用いられている.しかし,アンケートによるストレスの計測は,主観や心理的バイアスが含まれてしまったり,年1回といったある一点での観測になるため調査日の前日の事象に左右されてしまったりといった問題がある.

一方,近年のIoTやセンシング技術の高度化により,センサの小型化やウェアラブルデバイスの高機能化が進み,これらを用いた手軽なセンシングが可能になった.そこで本研究では,センシングにおけるユーザ側の負担と計測者側の負担の双方を軽減させるために,より簡易的で汎用的なセンシングシステムの提案と,これらの情報を統括するスマートフォンアプリケーションWorkerSenseを開発した.収集するデータは,温度.湿度,照度といった環境データ,睡眠,座位時間,歩数といった行動データ,気分の浮き沈みやワークエンゲージメントといった労働衛生に関する心理データを対象とした.そして,実際の企業4社に協力していただき,60名のオフィスワーカーにデバイス及びアプリケーションを配布し,提案システムを用いて2〜3週間に渡るデータ計測を実施した.実験の結果,オフィスワーカーの身心と環境に関する4.5GB分のテキストデータを収集することができた.

収集したデータを用いて,気分の浮き沈みについて不安気分,肯定的気分,抑うつ気分の3項目で評価するDAMSの回答結果を予測する推定モデルを構築した.その結果,全被験者のデータにおいて不安気分,肯定的気分,抑うつ気分のF値がそれぞれ0.720,0.703,0.652となる推定モデルを構築し,データ量が7日間分以上ある被験者に関しては不安気分,肯定的気分,抑うつ気分のF値がそれぞれ0.805,0.864,0.718となる推定モデルを構築することができた.各特徴量における寄与率を調べた結果,湿度,照度,UV指数といった環境データの影響が最も大きく,睡眠時間や睡眠の浅さといった睡眠データも影響があることがわかった.このことから,オフィス環境や睡眠の質がオフィスワーカーの気分の浮き沈みに与える効果を証明することができた.