本研究の対象であるAngelica acutiloba (和名:トウキ)は古くから生薬として用いられるセリ科シシウド属の多年草である。その根は当帰芍薬散をはじめとする多くの漢方薬に用いられており、その薬効は抗炎症作用・鎮痛作用・抗菌作用など様々であるが、国内での栽培量は約185tと決して多くない。これは、A. acutilobaは収穫まで2年の歳月を要し、Papilio Machaon (和名:キアゲハ)やEpiblema leucantha (和名:クロモンシロハマキ)などの害虫が存在するため、栽培に多くの手間がかかるためである。
本研究では、次世代シーケンサーにより産出されたmRNA-seqを解析することにより、食害の有無により変動した薬効や防御機構に関わる遺伝子・代謝経路を明らかにした。解析の結果、食害により活性化される植物ホルモンであるジャスモン酸を介してMAPK伝達経路が変動していることが確認され、トウキが一般的な植物の食害応答機構を有することが明らかとなった。また、二次代謝であるフラボノイド類生合成経路及びフェニルプロパノイド類生合成経路が活性化していることも判明した。これら合成経路により産出される代謝産物は多くの植物で食害を含むストレスに対する防御反応に用いられており、これらの代謝産物は他植物で防御応答に用いられる化合物が多く含まれ、トウキにおいても同様に食害に対するストレス応答に関与していると考えられる。また、テルペノイドの生合成においてはメバロン酸合成経路を選択的に活性化させることによりイソペンテニル二リン酸を合成したのちに、ステロイド生合成経路、モノテルペノイド生合成経路を一連の反応として発現させていることがわかり、アルファテルピノールをはじめとする殺虫作用を持つ化合物やフィトステロールを活発に合成していることが明らかとなった。これらの解析を通じてストレス耐性が高くかつ良質なトウキの生産に必要の条件が判明することが期待される。