ヒトは同種であるヒトだけでなく、異種である動物とも社会性を持ち、社会的シグナルを解釈することができる。 特にイヌは、ヒトと遺伝的に距離があるにも関わらず、特別なパートナーである。 イヌは、ヒトの社会的シグナルを理解する能力を進化の過程で獲得した。 そして、ヒトの意図や機微を読み取り、円滑にコミュニケーションを取ることができるようになった。 2000年代前半から、イヌの認知科学や行動学が世界的に盛んとなり、イヌのさまざまな社会的認知能力が明らかになってきている。 例えば、ヒトの指さしからヒトの意図を認知できることや、見つめ合いによってヒトと絆形成をすることができることなど、今日まで様々な報告がなされている。
しかし、ヒトがイヌの社会的シグナルをいつ、どのように検出しているのかについては、多くが未解明である。 その一端を明らかにするためには、イヌの専門家の視線行動を計測し解析することが有意義であると考えられる。 ヒト-イヌインタラクションを観察している間のヒトの視線計測を行った報告は我々が知る範囲で存在していないが、イヌ同士の同種間インタラクションを示す静止画を刺激として用いて視線計測を行った報告がある。 その報告によると,上述の刺激提示時にイヌの専門家群と非専門家群の間で、イヌの身体に対する注視頻度に差は見受けられなかった。 提示刺激が静的であり、文脈が欠如することで専門家-非専門家間の差異が不明瞭となった可能性が考えられる。
本研究では,文脈を備えたヒト-イヌインタラクションを示す動画を刺激として用い、専門家特有の視線行動を特定することで、イヌの社会的シグナルに対するヒトの認知について明らかにする。 文脈を有するヒト-イヌインタラクションとして、ドッグトレーニングを本研究では用いる。 ドッグトレーニングではイヌにコマンドを課すが、そのコマンドを課すかどうか判断するためにイヌの状態を事前に判断する場面、およびコマンドへのイヌの反応に対して評価する場面があり、比較的明確に区分が可能である。 実験では、専門家群とコントロール条件としての非専門家群から、それぞれドックトレーニング視聴時の視線行動を計測した。 また、解析では刺激動画に対してコマンド前、コマンド時、コマンド後評価時という3場面へ分割し、動画中のヒト・イヌの体部位に基づいて関心領域の設定を行った上で、専門家群とコントロール群の各場面・各関心領域の注視頻度を比較した。 その結果、イヌの専門家は非専門家群と比べて、イヌの社会的シグナルが明確でないコマンド前からイヌの顔を高頻度で見ていることが明らかになった。