暗黙知に基づく飲食店用不動産物件向け賃料推定システム

荒川 周造 (1551005)


飲食店用不動産物件の賃料決定は,従来より豊富な経験を持つベテラン営業マンが培ってきた勘や経験からなる暗黙知に基いて行われている.近年では,経験の浅い新人営業マンにおいても同様に賃料決定できるようになることが望まれており,暗黙知の継承が課題となっている.しかしながら,これまでの手法では賃料決定に根拠を示せず,ベテラン営業マンから新人営業マンへの知識伝達が難しいという問題を抱えている.そこで本研究では,暗黙知に基づく新たな賃料推定概念モデルを提案し,それに基づく賃料推定システムを構築する.

本研究では,暗黙知に基づいた賃料推定システムの実現に向けて,知識創造モデルであるSECIモデルをベースとした賃料推定概念モデルを提案する.賃料を決める要素には,営業マンが指標化できている顕在的情報と,指標化できていない潜在的情報がある.顕在的情報は変数の性質により,物件自体が持つ静的情報と,物件の状態と直接関連せず変動する動的情報に分類できる.一方で,潜在的情報は指標化ができていないため,分類もできていない.これらの要素には多くの暗黙知が含まれており,他の営業マンに継承するための形式知化が必要とされている.本研究では,静的情報,動的情報,潜在的情報から賃料推定する概念モデルを構築する.

概念モデルを元に,飲食店用不動産会社である株式会社ABC店舗と協力し,実際に賃料推定システムの構築・検証を行った.ここでの具体的課題として,(1)暗黙知の取得及び指標化,(2)賃料推定モデルの構築がある.

まず,課題(1)の実現に向けて,株式会社ABC店舗の営業マンにインタビューを行い,賃料推定に関係する要素を抽出した.静的情報は,一般的な物件情報であり,Web上で顧客に提供されている.動的情報は,周辺地域の価値と店舗の見つけやすさの変数である.物件の周辺地域の価値は,エリアごとの平均賃料を算出することで指標化する.また,物件の見つけやすさは,店舗前の通行量と店舗の視認性を営業マンのスコアリングによって指標化したものを活用する.一方で,スコアリングによる指標化には個人による差異が生じるため,根拠あるシステムを構築するには望ましくない.そこで本研究では,通行量を取得可能なセンシングシステムを独自開発し,実験を通じてその有用性について検証する.さらに,潜在的情報は,物件の営業用キャッチコピーをもとに,自然言語処理によって指標化する.

次に,課題(2)の実現に向けて,賃料推定モデルを機械学習を用いて構築している.3つの要素が賃料推定に与える影響を比較した結果,動的情報は基本価格の推定に優れ,潜在的情報は価格調整に優れていることを確認した.また,すべての要素を使用した場合の決定係数は0.738となり,最も精度が良くなることが明らかになった.