ニューロンのスパイン構造を対象とした三次元構造解析

矢野完人 (1451114)


脳神経回路には,刺激に反応して自己組成するという驚くべき能力がある.この能力は「学習」或いは「可塑性」と呼ばれている. この学習というプロセスは,神経回路網の形態そのものが変化する過程と接続状態が変化する過程とが存在しており,両者に本質的な違いはないが, 前者が樹状突起や軸索そのものが新生したり消滅したりするのに対して,後者では接続部(シナプス)が生成したり,その機能が変化することで達せられるためより前者よりも容易に起こりうると予想され,学習や可塑性のメカニズムのかなりの部分は後者によるとも考えられる. シナプスと呼ばれる神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した,情報伝達のための接触構造が深く関わっている. そしてシナプスの多数は,スパインと呼ばれる微細な突起構造に存在している. すなわちスパインの数や分布及び形状を調査することは極めて重要な課題であり,これらを調査することで脳神経科学に多大な貢献をもたらすことが可能である.

スパインを観察する手法は様々あるが,本論文では光学顕微鏡によって得られた三次元画像を対象とする. 光学顕微鏡において三次元構造を観察できる手法はいくつかあり,その一つが二光子励起蛍光顕微鏡(以下,二光子顕微鏡と呼ぶ)である. 二光子顕微鏡では観察対象を解剖せずとも撮影可能であるという利点がある. この利点により,学習によるスパインの動的な変化を捉えられ,マウスを用いた動物実験などで学習により神経回路網が動的に変化する様子が観察されており,現在ではスパインの数や形態の変化をとらえようと試行されている.

本論文ではスパインの形体的側面に注目し,二光子顕微鏡をはじめとする3次元顕微鏡より得られたスパインを含む脳神経組織の3次元積層画像から, スパインの位置を検出し,その形体的情報を解析することを研究目的とし,スパインを検出し,その数・分布・形状等の情報を抽出する手法を構築している.

スパインの中心点を構成する点群をスパインコアクラスタと,スパインが存在すると認識された領域内に存在するスパインの全体像を構成する点群をスパインフルクラスタと定義する. 本手法は,ノイズ除去及び輝度の調整を行う前処理,スパインコアクラスタとスパイン領域,スパインフルクラスタを検出する処理,スパイン領域等から特徴量を求める処理,の三段階で構成される. 顕微鏡から得られた画像には受光素子から発生するノイズや,光学的物理現象によって生まれたノイズ等が含まれており,これらを各種フィルタ処理を用いて除去している. スパインの中心は顕微鏡積層画像上では,輝度の円形状の最大値点として撮像されることに注目し,ノイズ除去後の画像群に対して二階微分フィルタを利用して円形状の最大値点を抽出している. その後光軸方向への拡張を行い,スパインの中心点を示す点群の集合であるスパインコアクラスタを求める.

本手法を用いる事で,積層画像内に含まれるスパインを検出し,なおかつスパインの統計情報や形態的特徴量を導くことができる. 特徴量は 求めたスパイン領域とスパインフルクラスタに対するHLACと,スパインの長辺や短辺等の情報を含む統計情報を用いた物を求め,検証を行っている.

また処理は自動化されているため,操作者の恣意性を排除して客観的な視点からスパインの構造や数等を評価可能である. 本手法を顕微鏡積層画像に適用した結果,スパインが含まれる領域及びスパインの形態的特徴を算出できた. 特徴量の抽出にはHLACと統計情報をそれぞれ利用している. HLACを利用した特徴量をデータセットを用いて評価した所,類似するスパインを探索できる事が示せた. 統計情報を利用した特徴量は,類似するスパインの探索にはあまり不向きだったものの,スパインの脳神経科学的解析に有用である情報を抽出出来た. このようなことから,脳神経科学におけるスパインの形態的研究を支援できると考えられる.