これを達成するための課題として,(1)人間の感覚的な状態である空腹度を定量的指標として定義する方法,(2)食事・行動履歴を空腹度に関連付ける方法,(3)個人差を考慮する方法,(4)少ない入力情報で精度を保つ方法,が挙げられる.まず課題(1)(2)を解決するために,提案手法では空腹度と密接に関係する客観的指標として血糖値を用い,食事・行動履歴情報から血糖値を,血糖値から空腹度を推定する,2段階の推定モデルにより推定を行う.まず第1段階の血糖値推定では,血糖値と類似した推移を示す関数として対数正規分布関数をベースとして推定モデルを構築し,食事情報・行動情報を入力として血糖値推定モデルに与えることにより,血糖値を推定する.次に第2段階の空腹度推定では,血糖値と空腹度との間の関連性(90〜120分程度の推移の遅延,逆相関)に基いて推定モデルを構築し,第1段階で得られた推定血糖値を入力として与える事で空腹度を推定する.ここで推定モデル内の補正に用いる係数は,事前に得られた訓練データおよびテストデータとの間でフィッティングを行うことで取得する.次に課題(3)については,空腹を始めとする感覚が個々のユーザの食習慣や身体的特徴の違いに影響されやすく,同じ空腹感であっても人によって変化の条件が大きく異なる事が問題となる.本研究では,人間の身体的特徴(基礎代謝,BMI)に基づいて推定モデルのパラメータを決定し,身体的特徴で分類した幾つかのカテゴリ毎に個別の推定モデルを構築する事によって,個人差を考慮した推定を実現する.課題(4)は,空腹度が日常生活における多様な要因に影響されうることが背景となり,高精度に推定するためにより詳細な入力情報が必要となる.本研究では健康な一般人を対象とするため,推定精度と利用の簡単さのトレードオフにおいて利用の簡単さを重視し,少ない入力情報からある程度の精度での血糖値・空腹度の推定を行う方法を提案する.
提案手法の推定精度および有用性の評価を行うため,6日間の血糖値・空腹度の実測値の測定および食事・行動履歴情報を記録する測定実験を実施した.被験者は20代前半の男性6名・女性3名の計9名とし,A群(男性3名,20代前半,BMI:22未満),B群(男性3名,20代前半,BMI:22以上),C群(女性3名,20代前半)にそれぞれ分けて,各群ごとに推定モデルの構築と評価を行った.実験の結果,血糖値・空腹度ともに実測値と推定値との間には全被験者を通じて正の相関が見られ,交差検定の結果,相対誤差平均は,血糖値においてA〜C群でそれぞれ16.16%,23.67%,10.69%,空腹度において17.49%,19.07%,21.12%となり,ある程度の精度で血糖値と,それに基づく空腹度の推定が可能であることがわかった.この事から,提案手法が任意の新規ユーザに対し,その身体的特徴に対応する群の推定モデルを予め構築しておくことにより,非侵襲的に空腹度の推定が可能であることがわかった.