本論文では,どのような確率密度分布を持った信号が入力されるか分からない実環境において,従来の独立成分分析(ICA)を用いたブラインド音源分離(BSS)では実現できなかった頑健な音源分離を行うことのできる,closed-form second-order ICAとleast-squares ICAを用いたBSSを提案する.
従来のICAを用いた音源分離技術の多くは,あらかじめ原信号がどのような確率密度関数をもっているかを仮定しなければならなかった.したがって,仮定したものと異なる確率密度関数を持った信号が入力された場合,分離性能が劣化してしまう.実環境においては,様々な信号が入力されるため,あらかじめ正確な確率密度関数を知ることは難しく,仮定した確率密度関数と異なった信号が入力された場合には高精度に音源分離を行うことができなかった.
本研究ではこの問題を解決するために,源信号の確率密度関数を仮定せず,かつ高精度に分離を行える closed-form
second-order ICA と least-squares ICAを用いた新しい BSS 手法を提案する.Closed-form second-order ICA は分離性能は低いが,原信号の確率密度関数を仮定することなく分離を実現できる手法である.一方,least-squares ICA はclosed-form second-order
ICAと同じく源信号の確率密度分布を仮定することなく音源分離が行え,その分離性能も十分であるが,分離性能が初期値に非常に敏感である.提案法では,まずclosed-form second-order ICAにより,ある程度音源分離可能なフィルタを作成する.その後,作成されたフィルタをleast-squares ICAの初期値として受け渡し,least-squares
ICAにおいて分離に適した状態から分離学習を行う.このようにすることにより,closed-form
second-order ICA の分離性能の問題,least-squares ICA の初期値問題を解決することができ,しかも確率密度関数を仮定せずに分離を行うことができる.この提案法の有効性を確認するため,全く異なる確率密度分布を持った信号同士が入力される状況において音源分離実験を行った.その結果,提案法は従来法よりも頑健に,かつ高精度な音源分離を実現できることが確認された.
続いて,提案法の計算コストが莫大となることに注目し,提案法におけるleast-squares ICAで分離フィルタを更新する際にかかる計算コストを削減するアルゴリズムを提案する.提案したアルゴリズムでは,分離信号の結合確率密度分布と周辺確率密度分布の分布間距離を表すsquared-loss mutual informationを用いて,分離フィルタの更新を行うか判定を行う.フィルタの更新を行わないと判定した場合は,フィルタの更新にかかっていた計算コストが削減できる.提案法におけるleast-squares ICAの計算コスト削減アルゴリズムを適用した手法と,適用しない手法とで音源分離の比較実験を行った.この結果から,計算コスト削減アルゴリズムが分離精度を落とすことなく計算コストを1/20程度まで削減できることを確認した.