物体知覚が視覚的注意にもたらす影響

西田 知史 (0851081)


外界の複雑な視覚情報に対し,認知・行動に必要となる情報のみに認知資源を割り当てる視覚的注意のメカニズムを用いることで,ヒトは有限の時間と資源で情報処理を行っている. したがって,視覚的注意のメカニズムを解明することにより,ヒトが行う情報選択や特徴抽出のプロセスを知ることができる. また,外界には特定の視覚情報のまとまりとしての物体が多様に存在するが,それらに対する知覚は視覚的注意に影響をもたらすことが知られている. 本研究では,物体知覚が視覚的注意に影響を及ぼすようなコンテキストにおいて,ヒトの行動を観察・分析することで,物体知覚と視覚的注意の相互作用のメカニズムを明らかにすることを目的とする.

本研究では,視覚的注意に影響を与えるような物体知覚のうち,複雑な物体知覚の例として顔知覚に着目し,単純な物体知覚の例として幾何学図形に対する物体知覚に着目した.

顔知覚は他の物体知覚と比較して,脳内の特異的な認知プロセスと情報表現により実現されており,複雑なメカニズムを有していると考えられている. そのような顔知覚時に,顕在的な注意の行動レベルでの表出としての眼球運動がどのような影響を受けるかを,顔識別というタスク目標を設定した心理実験により検証した. その結果,顔知覚時の注意の動きは単純な視覚特徴に依存する低次の注意では説明できず,物体知覚やタスク目標の影響を受けることが示唆された. 続いて,顔の特徴抽出という観点から,統計学習の枠組みで,観測された眼球運動データの解釈を試みた結果,特徴選択と識別のプロセスでは異なる階層の特徴量が用いられていることが示唆された.

一方,幾何学図形に対する物体知覚の文脈では,物体知覚が視覚的注意へ影響をもたらす現象として同オブジェクト効果というものが知られているが,そのメカニズムはまだ明らかになっていない. この現象は,視野内の特定の場所に向けられる空間ベースの注意と,物体そのものに向けられる物体ベースの注意という2種類の視覚的注意が相互作用することで生じるといわれているが,本研究では空間ベースの注意のみによって,現象の解釈を試みた. その結果,現象は物体というよりもむしろ,物体を形成する境界線に依存している可能性が示唆された. 続いて,注意にもたらされる影響が,低次・高次という注意のプロセスにどのように影響しているのか検証を行った. その結果,物体知覚による効果は,高次の注意制御による注意のシフトに影響を及ぼしていることが明らかになった.