曲率変化を考慮した脂質二重層の変形シミュレーション

山添秀樹 (0751135)


細胞は脂質二重層で構成される細胞膜で仕切られている.細胞膜はその内側にあるアクチンフィラメントをはじめとする細胞骨格との物理作用により力学的に保持されており,その構造的特徴により多様に変形することができる.この形態変化は細胞の移動や分裂といった過程に深く関わっているため,脂質二重層の力学的な機能・特性の解明が望まれている.特にtetherと呼ばれる膜突出のメカニズムは脂質膜の形態変化機構と変化部の物性を理解する上で重要である.そのため,近年では細胞膜と同様な脂質二重層で構成されるリポソームを用いた実験や,数値シミュレーションによる脂質二重層の力学特性を解明する試みが進んできている.しかし,現在の数値シミュレーションで用いられているモデルは,巨視的な系内エネルギーを定義するだけにとどまっており,任意点における張力分布の解析など詳細な解析はできないという課題がある.すなわち,変形過程における変形メカニクスや詳細な力学特性は未だ十分に明らかとされていない.
 本研究では,脂質二重層の形態変化時における張力分布などの詳細な力学特性と形態変化機構の解明を目的とし,有限要素法解析に基づいた数値シミュレーションによる脂質二重層の力学特性解析を行うのに適した曲率の変化を考慮した離散化モデルを提案する.提案モデルでは,変形によって発生する力を張力,曲げ弾性力,および体積弾性力の3つとし,これらの釣り合いを満たす形状を求める.特に張力は曲率の変化によって大きさを変えることが明らかとされているため,離散ラプラシアンで近似的に求めた局所曲率を指標として定義する.
 提案モデルを用いたシミュレーションの結果,変位に要する力と変位量の関係の推移が実験と類似し,tether形成を再現することができた.また,変形過程における張力分布の解析により,負荷部近傍に発生する力を緩和する作用が確認でき,変形過程における局所的な曲率の変化に対して,曲げ弾性係数を変化させることでより実験と類似することが分かった.本発表ではこれらの詳細について述べる.