動的環境における脳内表現の適応とアセチルコリンによる神経修飾

平山 淳一郎 (0251099)


脳が行う知覚や認識は,感覚情報の確率的な内部モデルを用いた統計的 な推定として理解されている.この内部モデルは観測されない外界の状態につい ての事前知識と,感覚情報の生成過程についての知識を含み,(確率的)生成モデ ルとよばれる.感覚入力が与えられると,脳は生成モデルをもとに外界の隠れ状 態について統計的な推定を行い,その脳内表現を構成する.知覚や認識を正しく 行うためには,脳内表現が適切に構成される必要がある.

ある環境において適切な脳内表現を構成し,知覚や認識を行うためには,環境か ら与えられる感覚情報をもとに生成モデルを正しく学習する必要がある. しかし,実環境は短期的には定常だとみなすことができるが,長期的にみれば非定 常である.このような環境の変化に適応するために,脳は環境の変化を検出し, 生成モデルを新たな環境にすばやく適応させる仕組みを備えていると考えられる. 統計的計算を脳内で実現する仕組みについては現在多くの研究が行われているが, 未だその大部分は明らかになっていない.本研究はこれを解明する一端として, 生成モデルの適応を可能にする計算論的原理と,それを実現する脳内機構を明らかに することを目的とする.

この目的のため,本研究では確率的主成分分析 (PPCA)を知覚や認識を行うための単純な生成モデルとして用い,環境の変化に適 応可能な,ベイズ推定にもとづくオンライン学習手法を提案した. 提案した学習モデルは人工データと 実データを用いた計算機実験によって評価され,環境が変化した際に,適切に内 部表現を変化させることができた.以上の結果をふまえ,本研究では,これまで に行われていた神経修飾物質とよばれるアセチルコリン(ACh)についての生理学 的,計算論的な研究をもとに,生成モデルの適応は脳内でACh による神経修飾機 構によって実現されているという仮説を提案した.