fMRIによるヒト円滑性追跡眼球運動における非視覚性情報と予測制御に関する機能解剖学的研究
川脇大(0251032)
ヒトの脳機能の解明は科学の一大目標であると共に医療の分野においてとても期
待が大きい課題である.
近年,ヒトの脳機能についての研究は,ヒト大脳皮質が統計的学習に基づいて外
界の推定と予測を行っているとする仮説に焦点が当てられるようになってきた.
本研究は,円滑性追跡眼球運動を行う行動実験および機能的磁気共鳴画像装置
(fMRI)実験によりこの仮説の検証にアプローチするものである.
円滑性追跡眼球運動は網膜誤差速度を駆動源とする眼球運動であるが,視標に対
してほぼ正確に追跡できている状態や,視標が短期間消滅するなど,駆動源であ
る網膜誤差速度が無くなってしまうような状況でもこの眼球運動は持続する.
これは,視覚的な入力に依存しない何らかの情報(非視覚性情報)が脳内に存在
し,この情報にしたがって眼球運動が行われているものと考えられる.
また,視覚系に存在する情報伝達の遅延があるにもかかわらず我々は正弦波運動
など複雑な運動をする視標に対して遅れのない円滑性追跡眼球運動を行うことが
できるが,これは,制御理論からは,予測制御によって説明されねばならない.
我々は,円滑性追跡眼球運動のための非視覚性の情報が脳内でどのように表現さ
れているかを調べるために,ヒト被験者25名を対象として,眼球運動の計測と
fMRIによる脳機能画像の計測を同時に行う実験を行った.
被験者は視標が点灯したまま (点灯条件) あるいは点滅しながら (点滅条件) 正
弦波状に滑らかに動く視標を追視した.
両条件とも,被験者全体で視標速度に対する眼球速度の位相遅れがほとんどみら
れず,むしろ位相が進む被験者が存在した.
また,被験者全体で視標速度に対する眼球速度のゲインが点灯条件に比べて点滅
条件で5\%程度減少した.
これに対して,計測した脳機能画から群平均画像を作成し解析を行った結果,
点灯条件に比べて点滅条件で活動の増加がみられた領域は,頂間溝前下側部,外
側後頭側頭野,その中でも予備実験によって推定したサルMST(Medial Superior
Temporal)野に相当する領域と外側および内側中心前野であった.
また,予備実験によって推定したサルMT(Middle Temporal)野に相当する領域
と,1次視覚野の特に中心窩付近の情報処理を担うといわれる領域では活動の減
少がみられた.
眼球運動を計測した結果から被験者の眼球運動は予測的な制御により行われてい
ることが示唆された.
さらに,点滅条件において眼球速度ゲインが減少しているにもかかわらず活動が
増加した以上の領域では眼球速度よりもむしろ視標速度情報が表現されていること
が示唆された.
一方,入力される視覚情報の減少に従って活動を減少させたMT野および1次
視覚野では視覚的な情報が表現されていることが示唆された.
最後に,眼球運動を計測した結果から得られたヒトの予測的な振る舞いに関連し
て,予測制御回路に相当する脳領域が存在する可能性について議論した.