円滑性追跡眼球運動のモデル化

田口進也 (0051053)


本発表では, 二つの異なる観点から円滑性追跡眼球運動のモデルを提案する.

第一に, 小脳皮質の学習モデルを中心に円滑性追跡眼球運動のモデルを提案 する.大脳皮質感覚野などでは,外界の情報がポピュレーション符号化され ている.ここでは,円滑性追跡眼球運動をモデルとして,脳がどのような方 法でポピュレーション符号化された視覚情報を利用しているのかという問題 を扱った.円滑性追跡眼球運動時には,MT野(middle temporal area; MT), MST野(medial superior temporal area; MST)において網膜誤差速度情報 と視覚刺激以外の入力による速度情報がポピュレーション符号化されている. 一方,小脳のプルキンエ細胞では眼球運動指令情報が発火率符号化されてい る.我々はこの符号の変換が小脳皮質のシナプス可塑性によって獲得されて いると提案し,生理実験によって支持されている学習理論 -フィードバック 誤差学習 - に基づいて円滑性追跡眼球運動をモデル化した.生理実験に基 づく小脳の回路と学習則を用いて符号の変換がおこなえることをシミュレー ションによって示す.

第二に, ベイズフィルタに基づいた大脳皮質MST野のモデルを提案する.円 滑性追跡眼球運動において,サルや人間は複雑な視標ダイナミクスの予測, 学習をしていることが行動実験によって明らかにされている.我々は生理実 験による知見と計算論的研究に基づいて,視標を予測,学習している座は大 脳皮質MST野であると主張してきた.しかしながら,曖昧な視覚刺激,ある いは複数の視覚刺激によっても円滑性追跡眼球運動は誘発され,予測や学習 という観点に基づいたモデルでは説明できない現象も数多く存在する.これ らの現象は,脳内で視標ダイナミクスと供に,視標に対する曖昧さが表現さ れている可能性を示唆する.そこで,MST野細胞集団の活動分布は視標ダイ ナミクスの確率分布を符号化しているという仮説を立て,さらに確率分布を 推定,予測するベイズフィルタを円滑性追跡眼球運動のアルゴリズムとして 提案する.このモデルによっていくつかの円滑性追跡眼球運動の行動実験を 定性的に再現する.