まず,第1の実験として計算機によるシミュレーション実験を行った.実際の 心臓内の血流は未知であるため,生体の超音波ドプラ血流信号に対してのみ血 流速度推定の解析を行っただけでは,結果を考察することはできない.そこで, 予め血流速度を仮定して疑似ドプラ血流信号を作成し,既知の血流信号に対し て血流速度推定を行った.この実験では,各方法の特徴を理想的な条件下で比 較することが可能となるが,仮定した血流を忠実に再現したのはウェーブレッ ト変換による推定結果のみであった.
次に,第2の実験としてファントムモデルによる実験を行った.生体の実測ド プラ血流信号に対して血流速度推定の解析を行う前に,ファントムモデルで層 流と乱流を人工的に発生させ,それぞれの部分において超音波診断装置を用い てドプラ信号を計測し,水流速度推定を行った.層流の実験では,電動ポンプ を用いることにより,既知の一定速度を持つ水流を発生させることができるた め,ドプラ信号の計測方法及び血流速度推定法の正当性を確認することができ た.また,乱流の実験において水流の激しい速度変化を大きく鋭敏に捕えたの はウェーブレット変換のみであった.この実験においては, ファントムモデ ルにおける水流は,肉眼及び超音波診断装置によって確認できるため,得られ たドプラ信号が関心領域(ROI : Region Of Interest)のものであることが保証 される.
最後に,第3の実験として,生体の超音波ドプラ血流信号を計測し,血流速度 推定を行った.このとき,ROIを左室内僧帽弁付近に設定し,左室流入血流速 波形の推定を行った.この部位での血流速度変化は激しく急峻であることが予 想されるため,血流速度がFM変調されたドプラ信号の周波数成分は広帯域に分 布し,周波数変化も激しく急峻になる.よって,ドプラ信号の時間周波数解析 には,固定の時間周波数窓しか持つことができない短時間フーリエ変換ではな く,可変の時間周波数窓を持つウェーブレット変換が有利であると考えられる. 心臓内での実際の血流はわからないため,得られた結果を容易に比較すること はできないが,前に行った2つの実験結果を考慮することにより,ROIにおける 激しい血流速度変化を忠実に再現できたのはウェーブレット変換のみであるこ とが明らかとなった.
以上の3つの実験を段階的に行うことより超音波ドプラ血流信号の解析を行う 際にウェーブレット変換が有効であることを示した.