Abstracts of Doctor Thesis 2000

平成12年度 情報科学研究科 博士学位論文内容梗概


Last Update : 2000.12.14 

羽田久一 「インターネットを用いた衛星測位システムの高精度化に関する研究」

GPSに代表される衛星測位システムは地球上あらゆる場所で 高精度の位置情報を得られるシステムである。現在は受信機の小型化、低価格化 が進み、航空管制、船舶の航行、カーナビゲーションなどのような民生用の用途 にも利用が進んでいる。
このGPSの単独測位ではシステム上の問題から最大約20m程度の誤差を生じること がある。そのため、さらに高精度を必要とするアプリケーションでの利用は難しい。

そこで本研究ではインターネットを利用し、その高精度化を行うシステムを提案 し、実装および評価を行った。インターネットを用いた補正システムを構築する ことで、広域での運用、ユーザの要求に応じた情報の提供、将来の衛星測位シス テムの発展への対応などの利点を持つシステムを構築出来る。

固定された観測点での観測情報を元にインターネットを通じた補正を行った結果、 D-GPSおよびRTK-GPSにおいて精度の改善が出来ることを示した。 さらにRTK-GPSを広域で利用するために基準局間での情報交換を行う ためのシステムを構築し、その結果についても示す。



9661014   佐藤 哲 「重力場での光線追跡に基づくブラックホール時空の可視化に関する研究」

本論文は,ブラックホールが存在する 時空を可視化し,重力場により歪んだ空間の様子を直感的に分かりやすく 表現するための新しい画像生成手法を提案する. 現実の物理現象を可視化する場合にはしばしば光線追跡法が 使用されるが,ブラックホール時空では光線が直進するとは 限らないため,直線の方程式を用いる通常の光線追跡法 は適用できない. 本研究では,従来の光線追跡法を 曲進する光線にも対応可能となるよう 拡張した重力場光線追跡法について考察する. 次に,重力場光線追跡法をブラックホール時空に 特化させたシンプレクティック・レイトレーシング(SR)法を提案する. 提案手法は光線を測地線の微分方程式で表される曲線ではなく ハミルトニアンに支配される力学系として扱うため, 重力場光線追跡法に 比べ計算コストや結果の正確さの面で優位である. SR法はハミルトニアンが 存在しない時空には適用不可能であり,重力場光線追跡法と完全に 同等の手法では無いが,本研究で可視化対象とする ブラックホールに対してはハミルトニアンが存在することを 示し,実際に様々な 状況の時空が可視化できることを示すことで 提案手法がブラックホールの直感的な理解に役立つことを示す.

9761012   寺田和憲 「Development of Methods for Acquiring Internal Representation of  Autonomous Agents with Vision and Tactile Sensors」 (視覚と触覚を持つエージェントの内部表現獲得手法に関する研究)」

本研究の目的は,環境の変化に柔軟に対応する自律エージェントの構築である.自 律エージェント構築のためには,エージェントの持つ内部表現は設計者によって事 前に与えられるのではなく,環境との相互作用を通じて自動的に獲得される必要が ある.内部表現,特に視覚入力から行動出力へのマッピングの自動的獲得において は,1)どのようにして状態空間を自動的に構築するか,2)エージェントの身体性 に基づいた内部表現をどのように獲得するか,が問題となる.本論文では,これら の問題を解決するために,環境との物理的相互作用を直接知覚可能な唯一のセンサ である接触センサに基づく内部表現獲得手法に関して,以下の三つの研究を行った.

まず,エージェントの内部表現を記述するための基本となる状態空間を自動的に分 割する手法について研究した.この研究では,自己組織化マップアルゴリズムに基 づき,視覚入力パターンをその類似性に基づいてオフライン競合学習を行い,状態 空間を自動的に分割した.この手法により,状態空間を構成する入力次元を削減で き,より少ない状態数で行動学習できるようになった.

しかしながら,この研究では状態空間は入力ベクトルの類似性のみに基づいて構築 されたため,より複雑なタスクを行うためにはタスクに応じて状態空間を構築する 必要がある.そこで,二番目の研究として行動経験に基づいて状態空間を獲得する 方法について研究を行い,接触信号に基づいてタスク遂行のために必要な視覚的特 徴軸の抽出と特徴軸を分割する手法を提案した.実世界における行動はほとんどの 場合接触を伴うので,エージェントのタスクは接触信号によって意味付けられると 考えられる.本手法では,この考えに従って,行為の終端で知覚される接触信号を 行為系列に対して割り引いて与え,その割り引き信号を統計的に解析することで, タスク遂行のために必要な視覚的特徴軸の抽出と特徴軸の分割を行った.実験の結 果あらかじめ準備した複数の特徴軸の中から目標到達行動のために必要な特徴軸が 選択された.また,細かく分割されていた状態を統合し,状態数を削減することが できた.得られた状態空間を用いて強化学習を行ったところ,エージェントは対象 に到達する行動を達成することができた.

三番目の研究として効用関数を用いた対象認識と行動生成の研究を行い,エージェ ントの身体性を考慮した対象の内部表現の獲得手法を提案した.二番目の研究にお いて,タスク遂行という条件に基づいて状態空間の生成を行えることを示したが、こ の状態空間はエージェントのもつ物理的特徴・能力を暗に組み込んだものである. そこで、エージェントのもつ物理的特徴・能力を明示的にとりこむために、視覚入 力に対して接触信号に基づいて効用関数を生成することで,エージェントの身体性 を考慮した対象の内部表現を獲得する方法を提案した.この方法では,視覚入力中に見 える対象は効用関数によって表現される.効用関数は身体表面と対象表面の相対関 係をその間で予測される行動によって表現するものである.実験の結果,エージェ ントは視覚入力から効用関数を生成し,仮想的ななぞり行動によって6種類の対象 の識別を行うことができた.また,通り抜けられるすきまと通り抜けられないすき まを判別し適切な行動を行うことができた.

これらの研究を通じて,内部表現構築のための手がかりとして接触センサを用いる と,従来設計者が埋め込んでいた知識を可能な限り排除した自律的なエージェント が構築可能であることがわかった.



9761204   神沼充伸 「広い領域を制御する音場再現システムに関する研究」

本研究では従来法では成し得なかった、受聴者の頭部周辺を制御できるような 広い制御領域をもつ音場再現システムの構築を目指している。

このようなシステムを実現するためには、複数の制御点を用いて再現したい 音場空間と等価な空間を作るような多チャンネル音場再現システムを 用いることが有効な手法の一つである。しかしながら、多チャンネルの系をも つ音場再現システムは、その挙動に対する知識の不足や、制御に用いる逆フィルタの 設計が困難であることから実現されなかった。

発表では多チャンネル音場再現システムを実現するために、多数の経路をもつ 安定した逆フィルタを実環境において設計するための手法について提案し、実証の ための計算機シミュレーションと主観評価実験の結果について述べる。

本研究によって、再現に用いる音源や制御点の数や配置が逆フィルタの安定性や 音場再現システムの再現精度に大きく寄与することが明らかになった。また、 主観評価実験のために、提案手法に基づいた受聴者の 頭部周辺を制御できるような音場再現システムを構築した。 作成した音場再現システムは実環境において良好な定位感を示し、 受聴者の頭部の水平面に対する回転運動に対しても極めて頑健であった。


9861004   江谷典子 「Studies on Autonomous Agent's Architecture with Knowledge Migration  in Social Agency Model」

In multiagent environment, each agent can be working at common goals with globally cooperative behaviors. In order to form cooperation, agents first migrate related knowledge, locally evaluate the others' requirements, then agents finally can form a plan to achieve goals. In order to unify agent's behavior and cooperation among agents, we proposes four goals; (1)cooperation of software agent in the multiple processes of its architecture and the communication between agents to achieve a common goal, (2)adaptability of software agent when its autonomous software agent can control its correct behavior in the environment and can manage both its knowledge and other agents' migrated knowledge to execute its behavior in knowledge-level, (3)mobility of a real-world mobile agent when mobile computer and autonomous mobile robot equipped with a network can execute its behavior by knowledge migration between mobile computer and autonomous mobile robot, and (4)transparency of knowledge migration when the communication requires to construct transparent knowledge boundaries between real space and virtual space which computer generates in its display.

In this dissertation, we present two approaches for agent collaboration to resolve the above mentioned issues. As for the first approach, we introduce social agency model for constructing a prototype system for guide activities in a laboratory. We,then, formalize the interaction between agents based on the notion of rational agents. As for the second approach, we present an autonomous agent's architecture in social agency aimed at communicating with other agents in knowledge-level. Its architecture is designed by three criteria; (1)to execute services on heterogenous environments, (2)to develop independent software components, and (3)to negotiate agent's behavior between software components using protocols.

The main contribution of this dissertation has been to propose the agents' cooperation model to determine both agent's bahvior and cooperation among agents and to provide its design and implementation allowing to express cooperation, adaptability, mobility, and transparency. This research in this dissertation has proved that the implementation of agent architecture level promises to have the potential of finding improved components of autonomous learning and planning allowing efficient parallel processing and quick task switching.


9861005   河合栄治 「Acceleration of WWW Service with Distributed Cache Technology」

In this dissertation, firstly we give quantitative traffic analyses of distributed WWW cache systems using Internet Cache Protocol (ICP) especially focused on local area networks (LANs) and wide area networks (WANs). In our analysis, we figure out the communication model of the system and investigate the influence of several parameters on the traffic. The contribution of this dissertation includes that it specifies the proper and improper situation where ICP can be employed.

Next, we propose a noble algorithm for a distributed cache system in place of ICP. Hash routing is an algorithm for a tightly coupled cache system that achieves a high hit rate by preventing overlaps of objects between caches. One of the drawbacks of the hash routing, however, is its weakness against failure. In this dissertation we propose a duplicated hash routing algorithm that achieves high tolerance against the failure of cache nodes. We evaluate various aspects of the system performance such as hit rates, error rates and network traffic by simulations and compare them with those of other algorithms. The results show that our algorithm achieves both high fault tolerance and high performance with low system overhead.


9861008   阪井誠 「導入/運用工数の制約を考慮したソフトウェア開発支援」

ソフトウェアを効率よく開発する目的で,開発支援は行われる.しかし,組織の 規模や開発規模が小さい場合,開発支援の導入工数と運用工数の制約は大きくな る.従来の開発支援技術は,導入と運用に多くの工数が必要であり,適用が困難 な場合がある.

本論文では,開発支援の導入工数と運用工数に制約を考慮した次の2つの支援方 法を提案する.

(1)小型計算機上での開発プロセスの改善法…ソフトウェア開発で広く用いら れている作業報告書の記述から開発上の問題とその具体的な解決法を収集,蓄積 し, 形式化して開発プロセスモデルに組み込む.作業報告書からの解決法の収集 には僅かな運用工数しか必要とならない.また,解決法を蓄積するデータベース のデータ構造は比較的単純で,導入工数も小さい.蓄積された解決法は,開発上 の新たな問題に対する解決法の創造にも利用可能で,より現実的で具体的な解決 法を発想する手助けとなる.提案方法を実際のソフトウェア開発プロジェクトに 適用した結果, 小型計算機上のソフトウェア開発でよく発生する6つの問題に対 する具体的な解決法が収集でき, それらを組み込んだ新しいプロセスモデルを得 ることができた.また,作業報告書に基づく解決法の収集には, わずかな人員と 労力しか必要とならないことも確かめられた.

(2)再利用が繰り返された組込みソフトウェアの改良法…外部変数によるデー タの受け渡しを,引数と同様に上位関数とのインタフェースとして扱うことで, プログラム構造の評価を可能にする.提案方法は,(a)広く知られている方法論 である構造化設計が定める基準により,プログラム構造を評価できる,(b)利用 者の経験度を問わず短時間で習得できるように,設計ガイドとチェックリストが 整備されている,ことで導入工数を少なくしている.提案方法に基づく支援ツー ルを開発現場で試行した結果,コードレビューでは指摘できなかったプログラム 構造の問題点を,短時間の評価で指摘することができ,運用工数が少ないことも 確認された.


9861010   渋谷竜二郎 「Efficient MAP Decoding Algorithms for Linear Block Codes」 (線形ブロック符号に対する効率的なMAP復号アルゴリズムの研究)

最大事後確率(MAP: Maximum a posteriori Probability)復号はターボ復号などの繰り返し復号アルゴリズムにおいて必要不可欠な役割を果たしている.そのようなアルゴリズムでは一回の復号に対してMAP復号器が何度も繰り返し使用されるため,MAP復号器の効率の僅かな差が復号全体に与える影響は大きい.そのような意味から,高効率なMAP復号アルゴリズムは実用的な繰り返し復号器の実現に,ひいては,高速かつ信頼性の高い通信システムの実現に貢献するものと考えられる.

本論文では研究の成果として,ふたつのMAP復号アルゴリズムを提案する.そのひとつである再帰的MAP復号(rMAP)アルゴリズムは,線形ブロック符号の持つ構造的性質を利用し,分割統治法を用いてMAP復号を実現している.これまで広く用いられてきたMAP復号アルゴリズムとしてBCJRアルゴリズムがあるが,提案アルゴリズムはこれと比べて,幾つもの利点を持つ.例えば,提案アルゴリズムは並列処理,パイプライン処理に適したアルゴリズムであるし,また,BCJRアルゴリズムでは不可欠であったトレリス線図の構築が不要である.さらに,低符号化率の符号に対しては計算複雑度が特に軽減されていることが示された.

もう一方のアルゴリズムは,上記のrMAPアルゴリズムとBCJRアルゴリズムのハイブリッド型のアルゴリズムである.このハイブリッドアルゴリズムではBCJRアルゴリズムで用いられるトレリス線図の代わりに,構造の簡略化が計られたセクショントレリス線図を用いるので,計算空間という面でBCJRアルゴリズムよりも有利である.さらに,計算複雑度に関しても,符号化率の高低に依らずBCJRアルゴリズム,rMAPアルゴリズムより優れていることが示された.なお,この計算複雑度は,トレリス線図に対するセクション分割に依存するが,最適なセクション分割位置をシステマティックに算出するアルゴリズムに関しても述べている.


9861011   清水將吾 「Complexity of the Type-Consistency Problem in  Object-Oriented Databases」

与えられたオブジェクト指向データベース(OODB)スキーマが型整合性をもつかどうか,すなわち,どんなデータベースインスタンスのもとでも問合せプログラムの実行中に型エラーが起こらないかどうかを判定する問題を型検査問題と呼ぶ.本研究では,Hullらによって提案された更新スキーマと呼ばれるモデルをOODBスキーマのモデルとして採用し,更新スキーマに対する型検査問題の計算量について形式的に議論する.

更新スキーマに対する型検査問題は,一般には決定不能であることが知られている.本研究では,型検査問題の計算量が未知であった,(1)再帰を含み,かつ停止性を満たすスキーマ,(2)更新操作を含まないスキーマという更新スキーマの二つの部分クラスに対して,その型検査問題がいずれも決定不能であることを示す.

また,本研究では無閉路スキーマと呼ばれる更新スキーマの部分クラスを提案し,無閉路スキーマに型検査問題がcoNEXPTIMEに属すことを示す.更に,再帰なし無閉路スキーマ,検索無閉路スキーマと呼ばれる無閉路スキーマの二つの部分クラスに対し,それぞれに対する型検査問題の計算量がcoNEXPTIME困難,PSPACE完全であることを示す.


9861015   中村 豊 「WWW Server Measurement Support System」 (WWWサーバ管理支援システムの構築)

WWWサーバ管理者は,WWWサービスの品質の向上を努力する必要が生じている.このサービス品質には,コンテンツの質,量の他に情報を滞る事なく提供するといった事があげられる.WWWサービスを滞る事なく提供するためには,常にサーバの状態を把握する必要がある.従来行われてきた,ログ解析手法やベンチマークテストなどのサーバシステムの性能計測手法では,サービス品質を十分に考慮していない.そこで,我々はWWWサービスがWWWサーバシステムが送受信するパケットによって構成されることに着目し,パケットモニタによるWWWサーバシステム(ENMA)の性能計測手法を提案した.

ENMAを用いる事で,サーバシステムをリアルタイムで監視する事が可能となる.管理者の目的は観測を通してサーバシステムの状態を知り,その状態に対応する処置を施す事である.このようなサーバの状態を知るためには,サーバシステムの状態についてモデル化を行う必要がある.サーバ状態のモデル化のために,サーバの状態とその遷移条件について考慮しなければならない.そこで我々はサーバの状態について定義し,それらの間の状態遷移に関して実験した.

サーバの状態遷移を考慮する場合,サーバの内部情報を知る必要がある.カーネルモニタリングは負荷が高く実用的でないと考えられてきた.そこで我々は,低負荷で実用的なカーネルモニタリングシステム(Rep2)を設計,実装した.そして実際に運用されているサーバシステムに適用し,その有効性を示した.そして,サーバ内部,外部による観測の結果から管理者がとるべき行動について議論した.

本論文では,はじめにサーバを外部から観測するシステム(ENMA)の設計および実装について述べる.次に,ENMAを用いた観測による,サーバの状態定義を行う.そして管理補助のための内部情報抽出システム(rep2)について述べ,以上をまとめた,サーバシステム管理方法について述べる.


9861018   平田高志 「外化記憶の構築と共有の支援に関する研究」

本研究の目的は、人間の日常生活における思い付きやアイデア、身の回りの情報を計算機上に取り込んで活用したり、他者と共有することを支援するシステムの構築である。本論文では、人間が日常生活で出会う思い付きなどの雑多な記憶を外在化し、計算機上に表現したものを外化記憶と呼ぶ。

外化記憶の構築における作業の軽減、及び不完全・不正確な情報でも記述できる情報表現として「連想表現」を提案する。連想表現は、情報間に単に関連があることだけを記述し、その関連の意味付けを厳密には定義しない。また、ネットワーク・コミュニティ(以下コミュニティ)において外化記憶を共有するために、「分身エージェント」と呼ばれる概念を提案する。分身エージェントは、個人の外化記憶を保持し、個人に代わって他人や他の分身エージェントに公開する機能をもつ。公開された外化記憶は、その相互の関連を各メンバを象徴する分身エージェントの間の擬似的な会話として表示される。ユーザは、それを閲覧することにより、自分の属するコミュニティあるいは未知のコミュニティの各メンバのもつ関心事や知識の概要と相互関係を把握できる。本研究では、(1)個人における外化記憶の構築・再利用と、(2)コミュニティにおける外化記憶の共有を支援するシステムを実装し、評価実験を行なった。

本システムを用いて自分の興味や関心を外化記憶として記述し、相互に閲覧しながら自分の外化記憶を発展させていく「公開型知識共有実験」を被験者45名に対して約1ヶ月にわたり実施した。実験の結果、以下の3点について知見を得た。(a)知識の共同構築:他のメンバが公開した情報を元に、新たな情報を関連付けて公開していた。(b)公開情報の拡散効果:連想を用いて複数のメンバから様々な外化記憶を引き出した。特に、外化記憶を相互に公開しあうことが知識の活性化に有効であることがわかった。(c)新たな人間関係の発見:システムを通じて共通の趣味が分かり新たな人間関係形成を支援した。


9861021   森崎修司 「機能実行履歴を用いたソフトウェア利用知識の共有と
 その支援システム」

今日,幅広いユーザ層を想定したアプリケーションソフトウェアの多くは非常に多機能となっているが,実際に利用されている機能はそのごく一部に留まっている.その理由の一つは,利用知識を獲得する(ソフトウェアが提供する機能の存在に気づき,機能実行のための操作方法を理解し,その機能がどのような状況で有効に働くか理解する)コストが大きいことにある.ソフトウェアの多機能化に伴いマニュアルなども肥大化しており,特に,ユーザがその存在に気づいていない機能(未知機能)の利用知識を獲得することは困難である.

本論文では,ソフトウェアが提供する機能の利用知識の獲得コストを小さくすることを目的として,ユーザ間で機能実行履歴を共有する方式(CLAS: Community-based Learning for Application Software)を提案する.CLASでは似通った目的を持ち同一ソフトウェアを使用する複数のユーザから機能実行履歴を自動的に収集し,機能毎に各ユーザの実行頻度を付加した上でユーザ間で参照可能とする.機能毎の実行頻度を他ユーザと比較することにより,ユーザは未知機能を発見できる.

被験者全員に同一タスクを与え,機能実行履歴を共有する実験では,5名の被験者全員がのべ11個の機能の利用知識を獲得した.また,被験者の実作業環境で1〜10ヵ月間収集した機能実行履歴を共有する実験では,6名の被験者全員がのべ60個の機能の利用知識を獲得した.実験で使用した共有支援システムは,対象ソフトウェアをMicrosoftOfficeとする.大量の機能実行履歴から利用知識を効率よく獲得できるよう,他ユーザの履歴には含まれるが,ユーザ自身は未実行の機能を未知機能の候補として提示する.また,ユーザが指定した機能を含む部分系列を履歴から抽出することもできる.


9861023   森本 淳 「Reinforcement Learning in the Real and Virtual Worlds」

本研究では,強化学習に階層構造を導入することで高次元状態空間での学習を可能にするための手法と,環境モデルを用いた学習結果を実環境でも有効に活用するため,強化学習で獲得される行動則のロバスト性を向上する手法を提案する.

提案する階層型強化学習では,上位階層においては低次元離散空間で効率的に探索を行い,タスク達成のための離散的なサブゴール系列を学習する.下位階層においては,もともとの高次元状態空間中で,上位階層によって与えられたサブゴールに到達するための局所的な制御器を学習する.また,制御対象としては,3リンク2関節のロボットを考え,目標タスクとしては,起立運動課題を扱う.計算機シミュレーションと実機において,ロボットは動的起立運動を獲得できることを示す.

さらに,本研究では,入力外乱やモデル誤差を考慮した強化学習法の提案を行う.強化学習では,シミュレーションによるオフライン学習や,行動のオンラインプラニングなど,環境や制御対象のダイナミクスモデルが重要な役割を果たす.しかし,実際の環境とモデルとの間の誤差のために,学習した制御器を実際の制御対象にそのまま利用すると,望みの性能が得られない可能性がある.そこで,H無限大制御理論の考え方に基づき,外乱生成器が最悪外乱を出力し,行動生成器が最適制御を行う微分ゲームを考える.この問題は,外乱による報酬の変化と,外乱自体の大きさを考慮した評価関数のmin-max解を見つける問題として定式化できる.この知見を用いて,オンラインで評価関数の推定と最悪外乱,最適制御の計算を行う手法を示す.提案する学習法を単振り子の振り上げ課題に適用し,従来の強化学習では対応できないようなモデル誤差に対してロバストな制御ができることを示す.


9861028   和田弘樹 「データパスの強可検査性に基づくテスト容易化設計ならびに  テスト容易化高位合成に関する研究」

本研究では大規模論理回路の設計フローに則した論理回路のテスト容易化手法を 提案する。 現在、大規模な論理回路の設計に要する費用を削減する目的で、 計算機援用設計システムを用いた設計の段階的詳細化手法が用いられている。 このような設計手法の下では、設計者が記述した回路の機能に関する仕様(動作記述) を高位合成システムを用いてレジスタ転送レベル(RTL)回路に変換した後に、 RTL回路を論理合成システムを用いて論理回路に変換する。

論理回路のテストは、 故障の有無によって回路の応答が異なるような入力系列(テスト系列)を 求めるテスト生成、及び テスト系列を論理回路に印加して得られる応答から故障の有無を判断する テスト実行から成る。 またテスト系列が存在しない故障を冗長故障と呼び、 回路に発生し得る故障のうち, 生成したテスト系列が検出できる故障とテスト生成アルゴリズムが 冗長と判定した故障の割合を故障検出効率と呼ぶ。

VLSIの信頼性を確保する観点から、 高い故障検出効率の下で生成されたテスト系列を用いたテスト実行が必要であるが、 一般の順序論理回路に対してテスト生成時に高い故障検出効率を得ることは 困難である。

そこで、論理合成の結果として得られる順序論理回路がテスト生成時に 高い故障検出効率を 実現するためのRTL回路に対する十分条件として強可検査性を提案する。 また任意のRTL回路が強可検査性を有するように設計を追加する テスト容易化設計法(DFT)および 任意の高位合成システムを用いて生成されるRTL回路が強可検査性を有するための 動作記述に対する十分条件を提案する。 さらに実験を通して提案するDFTが従来のDFTに比べ、 故障検出効率を改善するだけでなく種々のテスト費用 (ハードウエアオーバヘッド、テスト生成時間およびテスト実行時間) を削減することを示す。


9861201   安達直世 「Studies on Jitter Behavior and Its Reduction Scheme  for Multimedia Communication in ATM Network」

In the transmission of the multimedia contents such as video and audio over ATM network, the jitter is one of the important characteristics for supporting the quality of service (QoS) of multimedia communication. The jitter is defined as the variation of interarrival time of the cells at destination node and a large jitter causes buffer overflow or underflow at the destination node and results in QoS degradation at the application level. Therefore it is critical for multimedia communication over ATM to characterize the jitter processes and to reduce the jitter to a certain level.

In this thesis, the jitter behavior of MPEG2 stream and the traffic characteristics in terms of the long-range dependency (LRD) and self-similarity on the experimental network for the project of interconnecting CATV in Hyogo Prefecture, Japan are investigated. In this network, ATM switches are connected serially and the cells with two types of requirement for QoS are multiplexed; cells for MPEG2 which require real-time transmission and those for Internet packets which are much more sensitive for the cell loss ratio. The jitter processes and the relation between the self-similar traffic and the jitter of MPEG2 cells are investigated by the simulation.

In addition, the jitter reduction scheme for the multimedia communication over ATM-ABR service is proposed in terms of the arrival point of the critical cell corresponding to the end of the data packet. In our proposed method, critical cells are delayed intentionally and it is expected that the packet stream at application level becomes smooth. The effectiveness of the proposed algorithm is verified by the analytical model with queueing theory and simulation.


9861202   角野 眞也 「動画像信号の物体単位符号化と高画質再符号化に関する研究」

これまでのデジタル動画像符号化は画面単位の符号化のため物体単位のインタラクティブ性が実現できず,また様々な伝送帯域幅に応じて画像信号を効率良く変換する方式が確立していないという課題があった.
そこで,本論文では,マルチメディア・アプリケーションに重要なこれらの課題を解決する符号化方式の構築を目的とする.

まず、従来の動画像符号化方式との互換性が高く且つ物体単位で効率良く符号化可能な動画像符号化法の基本構成を提案する.
更に、画面間の相関を利用して物体形状を符号化する方法や,物体外に画素値補填処理を行って物体境界部の高周波数成分を抑制し物体内部のみならず物体外の画素もまとめて符号化することで効率を損なわずに従来のフレーム単位符号化との互換性を高めたパディング方式を提案する.
これらの物体単位符号化技術は,国際標準規格MPEG-4に採用されている.

次に,予め符号化された動画像信号のストリームを少ない伝送帯域幅で伝送可能なストリームに変換する再符号化方法について検討する.その際に圧縮率が小さい場合に画質が大幅に劣化する要因を明らかにし,量子化ステップの値に制限を加えるゾーン処理付き再量子化法(RQMZT)を提案する.
更に,量子化パラメータ最適化方式をRQMZT法に導入し再符号化歪を更に削減したゾーン処理付き再量子化パラメータ最適選択法(RQMZT+)を提案し,この再符号化方法が従来と比較してPSNRで1dB以上改善効果があることを示す.


9861204   山本恭裕 「情報創出における初期段階の支援のための外在化表現の利用と効果  に関する理論およびそれに基づくインタラクティブシステムの構築」

本研究は,情報を創出する活動における,システムとユーザの思考過程とのインタラクションの重要性が顕在化する比較的初期の試行錯誤の段階を,インタラクティブシステムによって支援することを目的としている.

情報創出は,広い意味での「デザイン」作業として捉えられるが,これは,ものごとがどのようになっているかではなく,いかにあるべきかについて考える知的思考活動である.このような活動は一般にill-definedかつill-structuredな問題解決作業であり,思考の外在化を徐々におこないつつすすむということが知られている.また思考やアイディアの外在化の支援においては,建築設計分野ではスケッチの効用およびプロセスに関して,多くの研究がなされている.支援する上で重要となるのは,創り手にコミットメントを過度に強要することがないことと,創り手の認知的プロセスを阻害しないような外在化表現を提供することである.

本研究では,情報創出における外在化される表現の重要性に着目し,表現とのインタラクションを提供するソフトウェアの要件について議論する.生成すべき最終的なプロダクトを直接構成するためではなく,特に初期段階において創り手が内省するための外在化表現としてオブジェクトの空間配置を利用する.システムの設計においては,個々の部分を構成する要素を編集するための場,個々の構成要素を配置し操作するための場,構成要素を結合させたプロダクトを見るための場,という三つの情報空間を統合的に提供することを指針とし,テキストドキュメントの作成,メモ画像へのアノテーション付加,実験ビデオデータ分析.という三つの問題領域に適用したシステムを構築した.ユーザ観察に基づき,空間配置を利用したこれらの支援システムが情報創出の初期段階の支援において効果を持つことを示す.


9861205 中村一博 「Studies on Multi-Cycle Paths of Sequential Circuits」

VLSI の微細加工技術の進歩により, 1 つの VLSI チップに実装される論理回 路が大規模かつ高速になっている. これに伴い, 組合せ回路部分の最大遅延を 正確に評価することが, 回路の動作の正当性あるいは高速動作を保証する上で 重要になってきている. 通常, 順序回路のクロック周波数は, レジスタ間の組合せ回路のすべての経路が 1 クロックで信号を伝搬するもの として, 経路の最大遅延によって決められている. しかし, 回路によっては 2 クロック以上で信号を伝搬しても良いマルチサイクルパスを持つものがあり, 上記の仮定は必ずしも正しくない. これらマルチサイクルパスについては, これまでは設計者が経験を基に検出して, 人手によって処理されることが多 かったが, 回路の大規模化に伴い, 自動化の要求が高まっている.

そこで本論文では, マルチサイクルパスの定式化とその検出法の提案を行う. また, これに基づき, 信号伝搬に費やせるクロック数を考慮したクロック周 波数の決定やタイミング検証, 論理回路の最適化についても述べる.

まず第一に, マルチサイクルパスの定式化として, 待ち状態によってガードさ れたレジスタ間のマルチサイクルパスに着目し, レジスタの値変化の間隔を基 に定式化を行う.

第二に, マルチサイクルパスの検出法として, 論理設計検証で広く用いられ ている BDD (Binary Decision Diagram, 二分決定グラフ) を用いた FSM (Finite State Machine, 有限状態機械) の記号実行手法の応用に より検出する手法を提案する. この手法は, レジスタの値の更新周期 の解析に基づくものである.

第三に, 大規模回路のマルチサイクルパス解析を可能にするために, 論理式の充足可能性を判定する SAT アルゴリズム (Propositional Satisfiability) に基づくマルチクロックパス解析手法を提案する. SAT に基づくマルチサイクルパス解析手法は, ある経路が マルチサイクルパスでないときにのみ充足可能な和積形論理式 (Conjunctive Normal Form, CNF 式) を生成し, その式の充足可能性を SAT アルゴリズムを用いて判定するものである.

第四に, 検出されたマルチサイクルパスを用いた正確なタイミング検証手法と, 論理最適化について述べる.


9961026   村田治彦 「A Study on Correlative Directional Interpolation for
 Single-CCD Color Video Camera」
(単板カラーカメラの相関判別色分離方式に関する研究)」

 ベイヤ配列カラーフィルタを使用した全画素独立読みだしCCDの色分離方式として、相関判別色分離方式を提案する。

本方式では、まず対象画素とその周辺画素から水平と垂直の相関値を算出し、これらから相関の高い方向を表す相関判別値を算出する。この際に、映像の彩度が高い場合と低い場合用の相関値算出を定義し、映像の彩度に応じて算出を適応的に制御する。次に、水平と垂直それぞれの色分離に適した2種類の色分離を定義し、それぞれの色分離結果を相関判別値に応じて適応的に加重加算して使用することで、色分離を行う。この際、相関の高い方向のライン上にある色はそのライン内の線形補間によって算出し、ライン上にない色はGとその色の色差の相関を使って算出する。

映像の彩度に応じて適応的に相関方向を判別し、ライン間の色差信号の相関性を利用して色分離処理を行う本方式により、輝度信号の過渡特性が良く、色偽信号の少ない色分離が実現可能となる。


0061011   末永貴俊 「共有AR技術を用いた遠隔医療技術指導システムに関する研究」

本研究では、専門医のいない状況下でも患者が高水準の医療を享受することを可能にする遠隔医療支援システムの構築を行なう。
このようなシステムを実現するためには、専門医の「技能」を伝送する技術が必要であると考え、遠隔地の専門医が、患者側に居る人に対して技術指導を行うことで、患者がどこにいても高水準の医療行為を受けることができる環境の構築を目指す。

本発表では、遠隔医療を実現する対象として超音波診断装置を取り上げ、専門医と患者をネットワークで結び、AR(Augmented Reality: 強調現実感)技術を用いて情報を共有する空間、「共有AR空間」を構築することで、専門医と患者があたかも同じ場所に居るような感覚で医療行為を行なえる環境を提案する。

提案システムでは、実空間とAR空間を重畳させる手段として、患者側では教示情報を液晶プロジェクタで投影することで、直感的な情報獲得が可能なインタフェースを、医師側では液晶ペンタブレットを用いることで患者に直接触れる感覚で教示を可能にするインタフェースを構築した。

また、超音波プローブ操作を教示する手法として、プローブの形を真似たCG(Computer Graphics)を提示する手法と、プローブ操作に必要な情報を図式化した"WebMark"を提示する手法について検討を行なった。

最後に、北海道と奈良、岡山と奈良を結んだ遠隔医療実験を通じて、遠隔医療において共有AR空間を用いて技能を伝達するという、提案手法の有効性について評価を行なった。


情報科学研究科 専攻主任