神経成長円錐におけるcGMPから膜電位へのシグナル変換のデータ駆動型システム同定

山田 達也 (1261018)


神経突起先端にある成長円錐は,細胞外の環境を検知し,神経突起を適切なシナプス結合のターゲットへと導く.例えば,細胞外に誘導因子Sema3Aの濃度勾配がある場合,通常状態の成長円錐はSema3Aに対して,膜電位の下降を伴いながら忌避性の運動を行う.しかし,成長円錐内のcGMP濃度を増加させると,膜電位の上昇を伴いながら誘引性の運動を行うようになる.この事実は,cGMP濃度による生化学的シグナルが膜電位による電気的シグナルに変換されていることを意味する.しかしながら,こうした異なる物理量間のシグナル変換を実現するメカニズムは未解明である.

本研究は,成長円錐におけるcGMPから膜電位へのシグナル変換を実現するシステム同定を目的とする.そのために,データ点が豊富な膜電位時系列を決定論的数理モデルで表し,個々の実験や細胞に含まれるばらつきをモデルパラメータの確率分布で表現した.ベイズの定理にマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法を適用することによりモデルパラメータの事後分布を推定し,対数エビデンスを用いたモデル比較を行うことで細胞内システムの同定を行った.

膜電位時系列制御の具体的な数理モデルは,生化学的に妥当な仮定の下で構築した.たとえば,膜電位の制御は Hodgkin-Huxley によるモデルを元に導出を行った.また,未知の分子相互作用については,経験的ではあるが定量的な Michaelis-Menten 型の生化学反応方程式を利用した.よって,これらを組み合わせたモデルも定量性を失わず,各方程式のパラメータについても定量的な議論ができると期待できる.しかしながら,モデルパラメータに関して,重複性があることから,制約のないパラメータ推定では,推定結果が意味を持たない.そこで,我々は,さらに,ベイズ的アプローチをとることでこれを解決した.すなわち,モデルパラメータに事前分布を導入し,解の範囲を制約した.ただし,ここでも,事前分布のハイパーパラメータを,現象論的・物理的観点から決定した.これにより,より現実に即したパラメータの推定が可能になることが期待できる.加えて,同一条件下のデータのばらつきについても,平均値などをとらず,ベイズ的に扱うことで,より実データを生かした推定を行った.

その結果,既知の相互作用に加え,Protein Kinase G (PKG) の下流による塩素イオンチャネル抑制が必要であることが推定された.異なるデータを用いて検証を行ったところ,推定されたモデルが他の実験条件の膜電位時系列を定量的に再現するとともに,実験定量データに酷似した定常状態の膜電位のcGMP依存性をみせた.