「霊長類の滑らかな眼球運動の並列制御経路モデル」
Much controversy remains about the site of learning and memory for vestibulo-ocular reflex (VOR) adaptation in spite of numerous previous studies. One possible explanation for VOR adaptation is the flocculus hypothesis, which assumes that this adaptation is caused by synaptic plasticity in the cerebellar cortex. Another hypothesis is the model proposed by Lisberger (1994), which assumes that the learning that occurs in both the cerebellar cortex and the vestibular nucleus is necessary for VOR adaptation. Lisberger's model is characterized by a strong positive feedback loop carrying eye velocity information from the vestibular nucleus to the cerebellar cortex. This structure contributes to the maintenance of a smooth pursuit driving command with zero retinal slip during the steady state phase of smooth pursuit with gain 1, or during the target blink condition.
Here, we propose an alternative hypothesis which suggests that the pursuit driving command is maintained in the recurrent neural network in the medial superior temporal (MST) area based on MST firing data during primate's smooth eye movements, and as a consequence, we assume a much smaller gain for the positive feedback from the vestibular nucleus to the cerebellar cortex. This hypothesis is equivalent to assuming that there are two parallel neural pathways for controlling VOR and smooth pursuit: a main pathway of the semicircular canals to the vestibular nucleus for VOR, and a main pathway of the MST - dorsolateral pontine nuclei (DLPN) - flocculus/ventral paraflocculus to the vestibular nucleus for smooth pursuit.
First, we theoretically demonstrate that this parallel control-pathway theory can reproduce the various firing patterns of horizontal gaze velocity Purkinje cells in the flocculus/ventral paraflocculus dependent on VOR in the dark, smooth pursuit, and VOR cancellation as reported in Miles et al. (1980b) at least equally as well as the gaze velocity theory, which is the basic framework of Lisberger's model. Second, computer simulations based on our hypothesis can stably reproduce neural firing data as well as behavioral data obtained in smooth pursuit, VOR cancellation, and VOR adaptation, even if only plasticity in the cerebellar cortex is assumed. Furthermore, our computer simulation model can reproduce some neural behaviors in the MST area during primate's smooth eye movements. Our result indicate not only that the VOR adaptation can be induced by the synaptic plasticity in the cerebellar cortex, but also that primates use two parallel control pathway to control smooth eye movements.
********************** 日本語 *****************************前庭動眼反射(Vestibuloocular Reflex: VOR)のゲイン(眼球速度/頭部回転 速度)適応が, 小脳皮質のシナプス可塑性で説明できるか否かの論争が続いて いる. 是の立場を片葉仮説という. 小脳皮質片葉の平行線維入力と登上線維入 力の相互作用によって生じるシナプスの長期抑圧(LTD)がVOR適応の素過程であ るとする仮説である. この説は, 1960年代後半から70年代にかけてMarr, Albusらによって提案された, 小脳は誤り訂正型の学習機械として機能してい るという仮説を理論的背景に持つ. 一方, 否の立場に, Lisbergerらによって 提案された視線速度理論という仮説がある. 前庭神経核と小脳皮質の間にゲイ ン1のポジティブフィードバック回路を仮定し, VOR適応は, ポジティブフィー ドバック回路への頭部回転信号の入力経路上, 小脳皮質と前庭神経核の双方の 学習によって誘発されるとする. ゲイン1のポジティブフィードバック回路は, 霊長類の円滑性追跡眼球運動(smooth pursuit)を駆動するための情報を, 視覚 情報の入力のない状況下(zero retinal slip, target blink)で保持する働き をする.
本論文では, 霊長類に特有のsmooth pursuit及び追従眼球運動(ocular
following responses: OFR)の実験データに基づき, smooth pursuitを駆動す
るための情報は, 大脳皮質高次視覚野MST野の再帰結合神経回路で保持される
という理論的仮説を提案する. それに伴い, 前庭神経核-小脳皮質間のポジティ
ブフィードバック回路は, ずっと弱い働きしかしないと仮定する. この仮説は,
VOR, smooth pursuitなどの滑らかな眼球運動を制御するために, 脳は二つの
並列な制御経路を使用していることを示唆する. 第一の経路は, 三半規管-前
庭神経核-眼外筋であり, VORの発現のための主な経路として働く. 第二の経路
は, MST野-背外側橋核-小脳皮質-前庭神経核-眼外筋であり, smooth pursuit
の発現のための主な経路として働く. そして, この理論的仮説に従い,
(1)VOR, smooth pursuit, VOR cancellation時の小脳皮質プルキンエ細胞と前
庭神経核細胞の神経活動を, 視線速度理論と同等に説明することができること,
(2)小脳皮質の学習を仮定するだけで, VOR適応を再現することができること,
(3)smooth pursuit, OFR, そしてsmooth pursuitと背景の広視野刺激を組み合
わせた様々な眼球運動のMST野の生理データを再現できること, を計算機シミュ
レーションを使って示す. 本論文の結果は, VOR適応が小脳皮質の学習に従っ
て説明できる可能性を理論的に示唆するだけでなく, 小脳皮質は誤り訂正学習
により眼球プラントの制御器(逆ダイナミクスモデル)を獲得し, VORのため
の目標軌道情報は三半規管で, smooth pursuitのための目標軌道情報は大脳皮
質高次視覚野MST野の再帰結合神経回路で計算されているという, 霊長類の滑
らかな眼球運動の脳内制御機構の計算論的枠組みを示唆するものである.
「逆フィルタを用いた音場再現システムにおける再現音の品質向上に関する研究」
原音場の音の特性を再現音場にて忠実に再現する手法として,音場再現が注目を集めている.中でもラウドスピーカを用いた再生手法は,受聴者に特定のデバイスを装着させることなく所望の音を再現できるため,そのシステム構築に関しては様々な検討がなされてきた.一般の室内では残響や反射があるため,再現室内において音圧を厳密に再現するためには室内伝達特性の逆特性を持つ逆フィルタの設計が不可欠である.
本論文では,ラウドスピーカ再生による多チャネル音場再現システムにおいて,逆フィルタ設計の観点から再現精度を向上させる方法を提案し,その効果について評価する.
逆フィルタを設計する手法は,時間領域で設計する手法と周波数領域で設計する手法に大別される.時間領域での設計手法では逆フィルタをFIRフィルタとして計算できるが,計算量が膨大であるために多チャネル音場再現システムのための逆フィルタ計算には適さない.一方,周波数領域で設計する手法では,計算量は時間領域の場合に比べて十分に少ないが,逆フィルタの精度が十分でない場合が多い.
本論文では,まず,時不変の逆フィルタ係数による音場再現システムにおいて,周波数領域処理を繰り返し行うことにより,多チャネル音場再現システムのための安定な逆フィルタを設計する手法を提案する.この手法は,周波数領域にて設計された逆フィルタを用いて時間領域において所望の伝達特性との残差の計算を行う.次いで残差の影響を打ち消す逆フィルタを再度周波数領域で逐次設計することにより,逆フィルタの精度向上を目指すものである.実環境データを用いた計算機シミュレーションの結果,従来の周波数領域処理による逆フィルタよりも再現精度が約13dB優れた逆フィルタを設計できることが分かった.
ところで再現する室内は自然環境などの影響により,その室内伝達特性は時不変ではない.例えば室内の温度が変動すると,音速が変わることによって音の伝播時間も変わるため,特に高周波成分の制御が難しくなる.そこで,室内伝達系の変動が温度のみによるとした場合,逆フィルタ設計に用いる室内インパルス応答に線形伸縮処理を施すことにより,温度変化による再現精度の劣化を抑圧できることを示す.特に従来あまり評価されることのなかった広い帯域の信号を用いて評価を行った.その結果,室内の温度が1.4℃変化した場合,提案法を用いることによって再現精度が約14dB回復した.
最後に,音場再現システムにおける温度変化による影響を,観測信号を用いて補正する方法について述べる.前述の手法において,インパルス応答に対して室内の温度変化に適した線形伸縮処理を行うためには,適切な伸縮率を算出する必要があった.一般に,温度計を用いて伸縮率を測定するのは容易ではあるが,その精度は十分でない場合が多い.そこで制御点中の任意の1点に設置されたマイクロホンで再現信号を観測し,これを用いて適切な伸縮率を適応的に求める方法を提案する.実環境データを用いた計算機シミュレーションの結果,室内温度が1.1℃変化した場合,提案法では約14dBの改善が得られ,また,温度計の表示温度に基づく伸縮率よりも良好な伸縮率を得られることが分かった.