Abstracts of Doctor Thesis 2000

平成12年度 情報科学研究科 博士学位論文内容梗概


Last Update : 2000.6.26 

9861001 池田文人 「システムエンジニアの問題解決を支援する Q&A 方式に基づく
情報提供の枠組みとその効果に関する研究」

システムエンジニアがソフトウェア開発において生じる様々な問題を解決するために必要とする知識や情報の量は膨大であり,その複雑性や多様性は増大する一方である.これらの知識や情報は実際の問題状況に即してドキュメント化されているわけではなく,個々のシステムエンジニアに問題解決のノウハウや経験として断片的に蓄積されている場合が多い.そのため現状ではシステムエンジニアは他のシステムエンジニアに対面で直接質問や問い合わせを行うことにより必要な知識や情報を獲得している.その結果,質問される側のみならず質問する側の作業効率が低下し,組織全体のコミュニケーション効率も低下してしまう.

他者への質問という情報獲得形態そのものは,問題状況に即した知識や情報を迅速に獲得できるとともに,他者からの回答および自分で記述した質問により問題状況が再認識されるため,問題解決の質と効率を向上させるために有効である.他者への質問を効率的に支援することはソフトウェア開発の質や効率を向上させることにつながる.そこで本研究では, Q&A 方式によりシステムエンジニアの問題解決を支援し, Q&A を組織知として構築していくことを可能とするコンピュータを用いた枠組みを構築・実装し,その評価をおこなった.その結果,(1)問題状況に即した知識や情報の迅速な獲得,(2)問題状況に即した意識していなかった知識や情報の獲得による問題状況の再認識,(3)質問として明示化した問題状況を客観視することによる問題状況の再認識,(4)Q&A の再利用性の向上,という四つの効果を確認することができた.

本論文は以下のように構成されている.まず第1章では本論文の主要題目と構成について説明する.続く第2章ではソフトウェア開発に要求される知識や情報の膨大さと,システムエンジニアが問題解決に必要な知識や情報を獲得することにおける現状の三つの弊害について論じる.第3章では他者への質問による問題解決における三つの効果について論じる.第4章では他者への質問による三つの効果を高めつつ現状の三つの弊害を解消するための枠組みとして回答作業の専門化による電子メールを用いたQ&A方式に基づく情報提供というアプローチを提案し,他者への質問による三つの効果にQ&Aの再利用性向上によるコミュニケーション効率の向上を加えた四つの効果が本アプローチにより得られることを論じる.第5章では実際の事例に基づき本アプローチによる四つの効果が検証されたことについて論じる.第6章では質問形成支援および再利用性向上を中心に本アプローチを改善するために構築した「コミュニティ知識ベース環境」のプロトタイプシステムについて論じる.第7章では関連研究について論じ,第8章では今後のソフトウェア開発における「コミュニティ知識ベース環境」の有用性について論じる.最後に第9章では実際のソフトウェア開発において問題解決のノウハウや経験を蓄積し再利用することの困難さについて論じるとともに本論文のまとめを行う.


9861013 田頭茂明 「移動計算機環境における情報発信ソフトウェアアーキテクチャに関する研究」

現在,携帯できる計算機(移動計算機)を用いて任意の移動先で様々な個人の情報を取得,編集することが可能となっている.さらに,大容量記憶装置を持つ移動計算機においては,これらの情報を大量に保持することができる.このように移動計算機は,最新の個人情報を持つ,個人用途の計算機として広く用いられている.一方,移動計算機を取り巻くネットワーク環境も変化し,様々な通信媒体を用いて移動先でネットワークと接続できるようになっている.これから,任意の場所で情報の獲得,編集,共有が可能な移動計算機を含む分散環境の構築が期待される.分散環境における移動計算機は,一時的にネットワークなどを通じて分散環境と接続し,その中で単なるインテリジェントな端末としての利用や,分散環境から切り離されたときの一時的な作業環境として使用されている.そのため,これまで分散環境への接続の方法や,分散環境と作業環境との間の整合性についての研究がなされている.しかしながら,情報取得ならびに情報編集の現場である移動先において,最新の個人情報を直接ユーザに提供することが可能となっており,移動計算機を含む分散環境において移動先での情報発信も重要な検討課題である.本研究では,移動計算機が一時的な端末としてだけの利用形態を逸脱し,移動先から情報を提供する端末としての新しい利用形態を提案する.移動計算機環境における情報発信は,固定計算機環境における情報発信とは異なる,接続や分断などのネットワークとの状態変化,無線環境を利用するために生じる狭く不安定な通信帯域,移動計算機の移動に伴う位置識別子の変化,などの問題が発生する.これらの問題を解決しなければ,移動計算機からサービスを安定して提供することは困難である.

本研究では,まず,移動計算機環境における情報発信システムを構築するための問題とそれらの対処法を明らかにする.また,モバイルコンピューティングにおけるソフトウェアアーキテクチャを示し,移動計算機環境において情報発信システムへの適用を検討する.さらに,具体的に以下の3項目の実現を目指す.

1. WWWを利用した情報発信システムの構築

WWW (World Wide Web)を基盤にした移動計算機から情報発信システムを構築する.移動計算機環境における情報発信の問題を解決する機能を,WWWによるアプローチで実現し,移動計算機からの情報発信環境を実現する.さらに,移動計算機の通信帯域を有効利用するために,階層構造を持つキャッシュシステムを提案し,移動計算機からの情報発信システムへ適用する.

2. 通信帯域を考慮した情報発信機構の実現

移動計算機が帯域の狭いネットワークと接続した場合,移動計算機から発信できる情報量が制限される. 通信帯域が狭い場合においても,安定して情報を発信できる機構を提案する.具体的には環境,実時間データの転送,転送スループットを考慮してデータを同時に発信する数を最適数へ動的に制御する.過度の要求があっても制限する発信数を超える発信はできない.

3. 種々のアプリケーションからの情報発信を実現するツールキットの構築

固定計算機を対象に作成された既存のアプリケーションを,変更なしに移動計算機環境で利用できる環境が望まれている.このため,1.で示したWWWに特化したシステムを,種々のアプリケーションが移動計算機環境に適用できるように拡張する.具体的には,移動計算機情報発信環境へ柔軟かつ容易に対応させるための枠組みであるツールキットを提供する.

本論文は,以上の3項目を用いることにより,移動計算機上に情報発信環境を整え,移動計算機からの情報発信アーキテクチャの提案,実装,評価の報告をまとめたものである.


情報科学研究科 専攻主任