土居 智和 「小脳長期抑圧のシグナル伝達経路の計算機シミュレーション」

発表梗概

細胞シグナル伝達反応の計算機シミュレーションによって、小脳プルキンエ細胞のシナプス可塑性が記憶・学習に果たす役割を明らかにした。

小脳プルキンエ細胞は平行線維と登上線維から入力を受けている。平行線維入力の後に登上線維入力という入力順序で、 Ca2+濃度が著しく上昇し、長期抑圧(LTD)というシナプス可塑性が誘導されることが実験で示されていた。小脳LTDにおけるCa2+濃度上昇のシグナル伝達経路は詳しく分かっているにもかかわらず、 Ca2+応答が平行線維入力と登上線維入力の時間順序を検出する仕組みは不明であった。私は、小脳LTDのCa2+シグナルの数理モデルを作り、Ca2+ダイナミクスを検証した。平行線維入力の代謝系経路に時間遅れがあり、細胞内Ca2+ストア上のIP3受容体が、平行線維入力によるIP3産生と登上線維入力によるCa2+流入の同時性を検出することを示した。また、IP3受容体が放出するCa2+によって自身がさらに活性化される、正のフィードバックが閾値現象を生み出すことを確かめた。

前述のCa2+ダイナミクスモデルでは、線維入力によるCa2+流入量を微妙に調整しないとCa2+応答の線維入力順序依存性を再現できなかった。実際の脳でCa2+流入量を巧みに調整する仕組みを調べるために、 Ca2+ダイナミクスモデルと黒田らによる小脳LTDモデルを統合し、さらに改良を加え、線維入力からAMPA受容体数減少までのモデルを作成した。新しいLTDモデルに自発発火入力を長時間与え続けると、 AMPA受容体数の初期値にかかわらず、発火頻度依存でAMPA受容体数が一定の範囲に収束した。 AMPA受容体数が多いと自発的発火によってCa2+濃度が上昇しやすくなり、 Ca2+依存性酵素が活性化してAMPA受容体を抑えてCa2+流入量が減るという負のフィードバック機構がAMPA受容体数を調節していた。自発発火頻度が高いほどAMPA受容体数が少なく抑えられ、そのあと平行線維と登上線維の組み合わせ入力でLTDを誘導するにはより激しい平行線維入力バーストが必要になった。自発発火頻度が高い入力は感覚刺激時のバースト入力も激しいと仮定すると、自発発火によるAMPA受容体数の収束は、平行線維と登上線維の組み合わせ入力で特異的にLTDが誘導されるように Ca2+流入量を調節しておくメタ可塑性といえる。